挨拶を無視された日の話|後日談

#04.ひとやすみ

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その後の話

その親子は、学年の途中で転園していきました。

それきり会うこともなくなり、日常の中で思い出すことも、ほとんどなくなっていました。

ところが最近、同じ園に通っていたお母さん数人と、たまたまランチをする機会がありました。

そのとき、ふとその人の話題が出たのです。

話していくうちに分かったのは、

挨拶をしても返事がなかったのは、私だけではなかった

ということでした。

その場にいた全員が、同じような経験をしていたんです。

挨拶の返事がなかったのは、私だけじゃなかった

その人が

  • 悪意をもってそうしていたのか
  • 強い意志をもって距離を取っていたのか
  • そもそも挨拶を必要だと思っていなかったのか

それは、本人と話す機会がない以上、私には分かりません。

実際、その人がほかの人と話している場面を見たこともあります。

誰とも関わらない人、というわけではありませんでした。

だからこそ私は、

私だけが返事をしてもらえていない

と感じていたのだと思います。

でも、そうではありませんでした。

それでも、私の考えは変わらない

ただ、たとえ事情がどうであったとしても、私は

挨拶は最低限のコミュニケーション

だと考えています。

その考えを、変えるつもりはありません。

だから今後、挨拶ができない人とは無理に交わろうとも思わないし、仲良くなろうとも思いません。

でも同時に、

「そういう人も世の中にはいる」

という事実を、受け止める必要があるなと思いました。

合う人、合わない人

合う・合わない
好き・嫌い

そういう「個人の価値観」はあるにせよ、世の中にはいろんな人がいて、いろんな考え方があっていい。

これが、今よく言われる「インクルーシブ」という考え方なのかもしれません。

そしてもうひとつ、大事だと思ったことがあります。

挨拶をしても返事がもらえないからといって、毎日それを引きずって、ぐだぐだと気にし続ける必要はないということ。

  • 自分は挨拶をすると決めたなら、続ければいい
  • 返事がなくてしんどいなら、やめるという選択をしてもいい

相手を変えようとするのではなく、自分が変わっていく必要があるんだと実感しました。

気にしながら、前に進む

気になるものは、気になる。
それは無理に消さなくていい。

でも、気になりながらも、前を向いて進めること。
折れずに、引きずりすぎず、立て直していくこと。

それが、私にとってのレジリエンスです。

娘に残したいもの

結局、私が娘に経験させたいこと、身につけてほしいと思っていることは、大人になってからも必ず必要になる力です。

小さいうちから、いろいろな経験をして、その経験を「ただの嫌な思い出」で終わらせないように支援していくこと。

自分の経験をきちんと振り返り、そこから学んだことを、娘への関わりにつなげていけたら。

そんなふうに考えるきっかけになった出来事でした。

管理人
管理人

子育てをしながら自分育てもする。大人になっても学べる機会ってたくさんありますね!

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