挨拶を無視されて、つい本音が出てしまった日の話

#04.ひとやすみ

朝や帰りの、保育園や学校の前。
こちらが挨拶をしているのに、目も合わず、返事もなく、そのまま通り過ぎていく。

そんな経験がある人は、きっと少なくないと思います。

挨拶は、仲良くなるためのものではなく、ただの習慣で、ただの区切りです。

それでも、無視が続くとじわじわ疲れてきます。

無視される側は、思っているより消耗する

娘が保育園に入り毎日送迎する中で、一人の母親に毎回必ず挨拶を無視されていました。

最初は気にしないようにしていました。

でも、

  • 何かしたかな
  • 私が悪いのかな
  • 変に思われてるのかな

考えなくていいことまで、頭に浮かんでくるようになります。

たった一言の挨拶なのに、返ってこないことがこんなに気力を削るとは思っていませんでした。

つい、口から出てしまった言葉

ある日、いつものように挨拶をしてみましたが、やっぱり返事はありませんでした。

そんなのいつものことなんです。

もうずっと無視されてきたんですから。

でも、その日はなぜか考えるより先に、口が動いていました。

「……無視かよ」

小さな声だったと思います。

でも、確かに言ってしまいました。

言ったあとに来る、後悔と自己嫌悪

言った直後、すぐに後悔しました。

  • 大人げなかったかな
  • 子どもに聞かれていなかったかな
  • 子供に影響が出たらどうしよう

でも同時に、「ここまで溜まっていたんだな」とも思いました。

ずっと、何も感じていないふりをしていただけでした。

きれいに受け流せない日もある

いつも余裕があって、いつも大人で、いつも正解の対応ができたらいい。

でも現実には、

  • 疲れている日
  • 余裕がない日
  • いろいろ積み重なっている日

そんな日もあります。

きれいに受け流せない日があっても、それで全部がダメになるわけではありません。

これからは、会釈くらいでいい

約1年間、一度も目すら合わない・一度も挨拶の返事すらしてくれない相手に、こちらが毎回にこやかに挨拶する必要はない。

無視もしない。
踏み込まない。
でも、自分を削らない。

そのくらいの距離が、私にはちょうどいいと思いました。

その後のこと

その後は、登園時間を少し私がずらして、ほとんど会うことはありませんでした。

会ったとしても、もともと私しか挨拶はしていませんでしたし、一度も目が合ったこともありませんから、

あっけないほど何も起こらず、互いが互いをスルーする感じになりました。

子供同士のクラスも学年が変わると同時に離れて、参観日などのイベントでちらっと見かけても、気まずさも感じませんでした。

自分を主語にする選択

相手がどういう人かを、評価したり決めつけたりするのはやめています。

「挨拶ができないなんて程度の低い人だ」

とか見下すこともできますが、私は相手に対して評価をつけません。

「相手はそういう人」
「でも、私はこうする」

これからは、自分を主語にする選択をしていきたい。

なので、私は私の意志決断で、声に出しての挨拶をやめました。

しかも、その人に対してだけ、挨拶するのをやめたんです。

それは、決して褒められることではないかもしれません。

でも、自分を守るために、自分で決めた選択です。

自分の選択は、自分の意志で決めて、自分で責任を取っていく。

私は、こうやって「自分軸」をしっかり守りながら生きていきたいなと思います。

管理人
管理人

実はこの話には後日談があります。

続きからぜひどうぞ。

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