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その後の話
その親子は、学年の途中で転園していきました。
それきり会うこともなくなり、日常の中で思い出すことも、ほとんどなくなっていました。
ところが最近、同じ園に通っていたお母さん数人と、たまたまランチをする機会がありました。
そのとき、ふとその人の話題が出たのです。
話していくうちに分かったのは、
挨拶をしても返事がなかったのは、私だけではなかった
ということでした。
その場にいた全員が、同じような経験をしていたんです。
挨拶の返事がなかったのは、私だけじゃなかった
その人が
それは、本人と話す機会がない以上、私には分かりません。
実際、その人がほかの人と話している場面を見たこともあります。
誰とも関わらない人、というわけではありませんでした。
だからこそ私は、

私だけが返事をしてもらえていない
と感じていたのだと思います。
でも、そうではありませんでした。
それでも、私の考えは変わらない
ただ、たとえ事情がどうであったとしても、私は
「挨拶は最低限のコミュニケーション」
だと考えています。
その考えを、変えるつもりはありません。
だから今後、挨拶ができない人とは無理に交わろうとも思わないし、仲良くなろうとも思いません。
でも同時に、
「そういう人も世の中にはいる」
という事実を、受け止める必要があるなと思いました。
合う人、合わない人
合う・合わない
好き・嫌い
そういう「個人の価値観」はあるにせよ、世の中にはいろんな人がいて、いろんな考え方があっていい。
これが、今よく言われる「インクルーシブ」という考え方なのかもしれません。
そしてもうひとつ、大事だと思ったことがあります。
挨拶をしても返事がもらえないからといって、毎日それを引きずって、ぐだぐだと気にし続ける必要はないということ。
相手を変えようとするのではなく、自分が変わっていく必要があるんだと実感しました。
気にしながら、前に進む
気になるものは、気になる。
それは無理に消さなくていい。
でも、気になりながらも、前を向いて進めること。
折れずに、引きずりすぎず、立て直していくこと。
それが、私にとってのレジリエンスです。
娘に残したいもの
結局、私が娘に経験させたいこと、身につけてほしいと思っていることは、大人になってからも必ず必要になる力です。
小さいうちから、いろいろな経験をして、その経験を「ただの嫌な思い出」で終わらせないように支援していくこと。
自分の経験をきちんと振り返り、そこから学んだことを、娘への関わりにつなげていけたら。
そんなふうに考えるきっかけになった出来事でした。

子育てをしながら自分育てもする。大人になっても学べる機会ってたくさんありますね!


